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小さく穏やかに暮らしたい

物を減らして心穏やかに暮らしたい主婦の日記。

厄が明けました

立春を迎え、ようやく厄が明けました。

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…と書くと、年齢バレバレなのですが、私は昭和57年生まれです。

女性は数え年で33歳が大厄と言われていて、前後一年も気をつけるべき年だそう。
ようやく後厄の年が終わり、なんとなく気持ちがホッとします。

前厄の時から、実家の母に、
「厄年だから気をつけなさい」と言われて、ドキドキしていました。
始めは3年間も続く厄年に頭がクラッとしましたが、無事過ぎてくれて感謝です。

気をつける、といってもどうしたらいいのか分からなかったので、
とにかく驕りたかぶらず、感謝の気持ちを持って歩もうと意識していました。

私の宗教(というより実家や嫁ぎ先の宗教)は仏教ですが、
昔から神社に行くのは好きで、機会があればお参りしていました。
厄年になってからは、たまたま仕事を辞めたことで時間が出来たのもあり、地元の神社に月に1~2回、お参りに行くようにしました。

お参りに行ってたら悪い事が起こらないとか、いい事があるとか、
そんな風には考えていません。
(実際はそういう「効用?」みたいなものはあるのかもしれませんが、私の考えが及ぶ範囲ではないと考えています)

これは物の考え方ですが、
私の物差しの「よい・わるい」は絶対的な物ではないので、
お参りに行っていたから「私にとって悪い事が起こらない」とか、「私にとっていい事が起こる」という訳ではないんだと思います。
必要な事ならば、私にとって悪い事も起こりうるのだと思っています。
逆もまた然り、です。
そこは天の采配といえる領域も大いにあるのかな、と自分の事に関しては思うようにしています。

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私が大切にしたいのは、いい事悪い事どちらが起こっても、
なるべく心乱されず受け止めて、
「これでよかったんだ」と思えるようになる事です。
そのためにお参りします。

これがなかなか難しいです。
嫌な事があると、なんで私にこんな事が、とすぐ考え、恨みがましい気持ちになります。
けど、そんな気持ちは自分にとって毒です。
神社にお参りすると、心を整えてもらえる気がするのです。
自分が小さな存在だという事を思い出して、感謝の気持ちも湧いてきます。

厄は明けましたが、神社にお参りする習慣は続けていくつもりです。
いま家族が元気に仲良く過ごせている事に改めて感謝しつつ、
自分が支えられていま在る事を忘れないようにしようと、気持ちを新たにしました。

読んで下さり、ありがとうございました^^